銀行でポルトガル語の通訳をしていた時の話

リーマンショックの時は派遣会社に勤めていました
最も不況の煽りを受けた業界です
当時テレビでは連日派遣切に遭った人たちがアパートを追い出され路頭に迷っている等と報道していましたが、私はそれを実際に目のあたりにしていました
私が担当していた工場も100人近くいたブラジル人の派遣社員が全員解雇
正社員の人も何人も切られて、ついに営業所はめでたく閉鎖されました\(^▽^)/

幸い私はまだ若かった為、なんとか生き残ることができましたが
しかしとにかくやることがない!
なんか一日中会社の備品をリサイクルショップに持ち込んでたり、市のゴミ焼却施設を往復していた記憶があります。。。。

そんな時に付き合いのあった取引先からの紹介で、某金融機関に出向扱いで通訳業務のアルバイトを行うことになってのでした
090120181028_0

当時派遣切りが深刻な社会問題となっており、政府が外国人の失業者に対していくつか救済措置を行っていたのでした
その一つに帰国支援融資というものがありました
これは一世帯につき5,60万円くらいの帰国の為の資金を融資するというものでした。確か
当初この帰国支援制度を利用した人は永久に日本へ来れなくなるというルールだったのですが
これが外国人差別に当たるとかいう声があって、永久が3年間に緩和されました
永久に来なくていいのにね

そして政府が行っていたその他の救済措置として就職安定資金融資制度というものがありました
失業して住む場所を失った人等を対象にした融資で、日本での再就職を支援するものでした
まずは住所不定ではまともな就職活動ができない為、新しい住居へ入る為の初期費用を融資するというものでした
敷金礼金、6か月分の家賃等で融資額は最大で100万円くらいだったと思います

私が銀行で担当していたのはこの就職安定資金融資のポルトガル語通訳です
申し込み者の半分以上が外国人であり、彼らに対して融資の手続きや概要をポルトガル語で説明することが私の仕事でした
融資を申し込んでくる人に正直あまりまともな人はいません。クソばかりです
説明中に鼻水を垂らしてヘラヘラしている奴とか、申込書に自分の名前すらまともに書けない奴とかいました。いやマジで

正直私は派遣切に遭った人たちに同情する気持ちは全くありませんでした
派遣社員という不安定な身分でありながら、なんの貯蓄も行っていなかった自業自得だと思っています
せめて自分の国に帰る為のチケット代くらいは残しとけよ!もし急に祖国で身内に不幸があったりしたらどうするの?
国民の血税がこんな形で使われるなんて。。。。。。と思うと、融資の説明をしている間に申込者の顔面に右ストレートをかましたい衝動に何度も襲われました

100万円近くの融資を得て、まずこれらをまともに返済する人はほとんどいません
ってかこの不況下で職を見つけることすらできません
そんなことは国も最初からわかっていたはずなんです!
失業者の支援と言いつつも結局は政府の腹の中には
住所不定の外国人を野放しにしておくことによる治安面の懸念が政府にはあったのだと思います
帰国融資を行ってさっさと不良外国人を追い出そうという魂胆があったのではと感じます

実際金だけもらっておいて銀行に無断で帰国、融資によって得た住居を知り合いに又貸しするようなやつもいました
また路頭に迷った外国人達を集めて集団で融資の申し込みをさせて、そこからマージンを摂取する等といったブローカーも出現しておりました

ほんとクソばかりです
私はブラジルが好きでこういった仕事に就いておりましたが
こういう経験をするとなんともやるせない気持ちになります

ただ今後少子化の進む日本では労働力確保の為にますます外国からの移民を受け入れる形となるのでしょうから
こういう人たちがまた増えてくるかもしれません
ポルトガル語を使った仕事の需要も増えてくるかもしれませんが、私はもう嫌です


スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク