父の最期

昨年父が亡くなりました。

享年66歳 すい臓癌でした
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昨年の夏頃に最近胃がキリキリと痛む、多分胃潰瘍だと思うみたいなことを言っていました。

医者に行ったところ診断結果は、後日母と一緒に揃った時に改めて告知しますとのことだったそうです。

この時点で父はこれは十中八九癌だと言っていました。

うちは親族のほとんどが癌で亡くなっている癌家系です。

後日母親から、父は末期のすい臓癌であり既に胃にも転移している
もう手術のしようも無い段階であり余命はあと半年程だと聞かされました。

すい臓癌というのは早期の発見が難しい上に治療が難しく、5年の生存率が僅か5%というに非常に死亡率の高い癌だそうです。

生きたかったでしょう。

いろいろな本やテレビを見て治療方法を探り

放射線治療や、まだまだ保険のきかない高額な最先端技術を駆使した治療をするなどの努力をしていたようです。

それでもアルコールは控えていたものの、趣味の剣道はずっと続けていたようでした。

母親からの話をきくと、何を思ったのか、父は年末から年始かけて一人で車で伊豆へ旅行へ出かけていたそうです。

5泊くらい車で寝泊まりしていたそうです。末期の癌患者が何やってるんだか。。。。

その時使った車を今は私が使用しておりますが、といろいろと名所を回ったりした履歴がナビに残っていました。

多分この頃にはもう自らの運命を悟っていたのではないかと思います。

どこでぶつけたのか、車はヘッドライトが割れ、タイヤのホイルもはがれていました。

この頃にはまともに車運転もできない状態だったのでしょう。

そして年が明けて実家の母に電話をすると、父の容体は急変したとのこと。

食べ物を食べては戻してしまい、一週間食事もまともに摂れていない。

病院へ入院し、自宅へは二度と帰れないであろう 恐らくあと2週間の命であることをきかされました。

私は急いで富山から車で駆けつけました。

半年ぶりにみる父の姿は想像を超える変わりぶりでした。

げっそりと痩せて頬がこけ、もはや一人でベッドから起き上がることもできませんでした。

再会した途端にどす黒い、体液のようなものを嘔吐。

母は癌でなくなった自分の両親の最期の症状と似ていると言っていました。

昔からそうでしたが、この人とは普段から特に何を話すことはありません。

ただ年末にどこぞの道場へ行き剣道の稽古をしたとか、なんとか先生と食事に行ったとか

病室でそんな話をしたと思います。

私は海外に住む姉に子供が生まれたのでその写真を携帯でみせてあげました。

父にとって初孫です。

部屋を出る際に最後に父と交わしたことば”それじゃあがんばってね”でした。

それから約一週間後に父は逝きました。

医者のお見立て通り、癌宣告からちょうど半年後でした。

納棺の際に葬儀屋の人から

”最後にお父さんの手を握ってあげてください”と言われ

人間の体というのはここまで冷たくなるものなのか?と思ったのを今でも覚えています。

父が亡くなり早一年が経ちました。


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