マヒコ・ゴンサレスという選手 ~エルサルバドルの英雄~

サッカー動画を眺めるのが好きです。
子供の頃はお気に入りのプレーをVHSのテープが擦り切れる程見たものですが、最近は動画サイト等で手軽にみれるので本当に良い時代になったものだと思います。
最近観た動画の中でマヒコ・ゴンサレス(Mágico González)という選手に衝撃を受けました。
magico-gonzalez-cadiz


こんな選手がいたとは!?
逆エラシコは圧巻です
彼のテクニックはあのマラドーナが真似をしてもできなかったとか?

どんな選手なのか調べてみたらあまり情報がありません。
日本語のwikiでは70年~80年代に活躍したエルサルバドル人の選手であり、スペインのバリャドリード等でプレーしたことがあるくらいしかわかりませんでした。

ポルトガル語のwikiを見るともう少し詳しい情報が出てきました。
本名はJorge Alberto González Barillasで”Magico”とはスペイン語やポルトガル語で”魔法使い”の意味です。
彼の魔法のようなプレーからその名が付けられたものと思います。
1976年に17歳でプロデビューし、母国のチームを3つ程渡り歩くと、アトレティコ・マドリードやパリSG等が獲得に乗り出していたそうです。
ヨーロッパへのチャレンジとして移籍しスペインのカディスでは70試合に出場し30ゴールの大活躍を見せましたが1983-84シーズンにチームの降格と共に退団を決意
その後は再びパリSGやフィオレンティーナも獲得を試みましたが、スペインに留まることを選択しバリャドリードへ移籍しました。
しかしバリャドリードでは9試合2ゴールに止まり、Benito Joanet監督との確執によりチームを追い出されてしまう。
バリャドリード退団後再び古巣カディスへ復帰すると、ここが彼の全盛期と言われています。
5シーズンの間に119試合28ゴールという輝かしい成績を残しました。
最初の移籍と併せると、カディスで残した成績は合計で194試合54ゴールにものぼります。
カディスを退団した後はイタリアのアタランタからオファーを受けましたが、祖国エルサルバドルへ帰国することを希望。
ヨーロッパへ移籍する前にプレーしていたC.D. FASというチームへ復帰します。
C.D. FASで8年間プレーした後1999年に一度引退しますが、2002年にSan Salvadorで現役復帰し44歳までプレーを続けました。
San Salvadorというチームには彼の名前であるマヒコ・ゴンサレス・スタジアムというホームスタジアムがあるようで、このことからいかに彼が英雄的存在であったのかが伺えます。

エルサルバドル代表では1976年~1998年の間に62試合37ゴールを記録しており、これは同国歴代2位(日本のwikiでは48試合41ゴールとなっている)
1982年にはワールドカップスペイン大会にも出場しています。しかし当時優勝候補であったハンガリーに10-1でボコされます。

CONCACAFゴールドカップには3大会に渡って出場(85年、89年、96年)
CONCACAFゴールドカップとは、北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)が主催する、ナショナルチームによるサッカーの大陸選手権大会だそうです。
中でも96年には40歳で出場しています。

こんな選手がいたなんて!?
強豪国に生まれていたらもっと世界に名を知らしめていたかもしれません。


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